京都が好きです。
お昼前に思い立ちホテルを予約して
新幹線に乗り夕方には京都にいたこともあります。
東京から2時間ちょっと。
慣れてしまえばあっという間。
新幹線の窓から流れ去る景色を眺めていると
いつも不思議な感覚にとらわれます。
東京から時速200kmで遠く遠く離れて行くというのに
どこまでもどこまでも建物や民家があり人々に生活がある。
時の流れの前にあっては、あらゆるものが形を変えて行く。
自分自身でさえ、5年10年、15年前のワタシくらいになると
もうきっと分かりあえない、別人といっていいかも知れない。
日常はジワジワと気づかれないように少しずつ変化して行く。
あらゆるものが変わるんだ。
手のひらのお菓子は、奈良時代遣唐使より伝わった唐菓子。清浄歓喜団。
千年の歴史を昔の姿そのまま、今なお保存されているものの一つとか。
皮がカチカチに硬い(笑)独特の香辛料と胡麻油の香り。
中には甘いこし餡が。
カリカリと食べながら祇園花見小路に差し掛かると、
可愛らしい舞妓さんが急ぎ足で路地へ。
しばらく散歩をしていると、先日明治座で観た「祇園の姉妹」の舞台セットと
同じ風景が。
変わらない、ということは本当に貴重で凄いことなんですね。
見えないながらも、たくさんの方の努力や時には犠牲の上に成り立たせて来たのかも知れません。
本来変わらないものなど何ひとつない。
だからこそ、「変わらない」ということに時空間をも貫く一個人では背負いきれないほどの重圧と歴史の持つ凄みのようなものがある。
ただ京都が不思議なのは一歩間違えばどろどろした怨念渦巻く闇ともなろうものが、神秘のベールに包まれている。
まるで袖がふわりと揺れてかすかに触れただけのような繊細な優美さがある。
いつも具体的に行きたいところがあるわけでもない。
私は一体何を求めて京都に行くのか。強いてあげれば、空気感だろうか。
いずれにせよ、何度行っても飽きることのない私の大切な場所だ。